桃の節句です

   久しぶりに娘と一諸にお雛様を飾った

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   満州国憮順市満鉄社宅にて 60年以上前の雛祭りの日に
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Commented by ゲキト at 2006-03-03 09:42 x
 素適な思い出が詰まってるセピアような色のお写真、私の追憶の中に似たような場景が残っています。
 上の絵の中の顔の描き方、むずかしんだよなあと思いました。
Commented by 4seasons-kurumi at 2006-03-03 11:10
立派なお飾り・・・・・どちらがaamuiさんでしょうか?
目を凝らすと 赤ちゃんの方の産着の柄が男の子のもののような・・・・ということはお姉ちゃんの方かなぁ・・などと さっきから10分ほども このセピアの写真に見入っているのです。
葉書のおひな様もいいですね。
毛氈の赤といようりは朱の色が効いています。
Commented by aamui at 2006-03-03 13:27
ゲキトさん そうなのです 解ったでしょう?顔は一発で決めないと駄目なのです お姫様の方は気の毒しました ぼろぼろな写真でも 記憶にないころの写真ですので よかったです
Commented by aamui at 2006-03-03 13:34
kurumiさん 左が私です ああこのころから 鼻が上を向いてるなあ と改めて思いました kurumiさんはお造りになるから 参考になるのかしら?今の娘のものは お内裏様だけなのに もっと小さいほうがいいみたいです 5人兄の後の女の子だったので お祝いで頂いたものが多かったとのことです 
Commented by mack at 2006-03-03 23:06 x
■おうおうノスタルジックぢゃね。
こんな愛らしい時もあったんぢゃねぇぇぇ、 ふぅぅぅぅん。
Commented by 88junrei at 2006-03-03 23:12
aamuiさん、こんばんは♪
リンクしていただきありがとうございます。うれしかったです。

かわいいお雛さまの絵ですね。美男美女でお似合いのお二人です。
いい写真を残していらっしゃっているんですね。
上段のおひな様の両脇に、かわいいミニスカートお嬢さんが控えているのも味があっていいです。
Commented by ミューおばさん at 2006-03-03 23:34 x
満州国憮順市満鉄社宅・・・aamuiさんの感性があまりにも、斬新で、みずみずしいから、私よりずっと若い方だと思っていました。
ますますaamuiさんのファン。

Commented by aamui at 2006-03-04 07:31
mackさん 幼稚な私にももっと幼いときがあったのじゃ 脱皮が進んでます 要注意!
Commented by aamui at 2006-03-04 07:38
昔のお人形さんは皆スカートがパッと開いていたのよ あのころの童謡歌手はみんなこんなふうでしたよ 内地(そう言っていた)に送ってあった写真が助かったのです あまり沢山ありません
Commented by aamui at 2006-03-04 07:41
ミューおばさん よく解るじゃん!幼稚園から内地です  
Commented by w-rainbow-rieko at 2006-03-04 08:06
お雛様のお顔がメッチャかわゆくてステキ♪
大好きな人の隣にいられる幸せをかみ締めてる感じですね☆
お内裏様とお雛様って、なんか織姫と彦星に似てますよね。
3月3日前後だけ会えるっていうのが。
お雛様と織姫、もし自分がどちらかになれるとしたら、お雛様がいいな。
雨が降っても会えるしね(^_-)-☆
雛壇のところで撮った写真、わたしも確かあったな~
探してみま~す♪
Commented by henronin at 2006-03-04 17:31
我が家のお雛様、出すぞー 出すぞーと掛け声だけで今年も出さず困ったものです。
Commented by dorothy55 at 2006-03-04 21:13
貴重な一枚!
60年前というと、第二次大戦中ではありませんか。。。
お雛雅の絵、少し、左にかしいでいるのも味のうちですね。
Commented by フロリダの風 at 2006-03-05 01:44 x
素敵なお雛様の絵の下に何と貴重なお写真が。60年前の節句とは、、。それもこんな立派なお雛様をもっておられたなんて、、、。
可愛らしいお顔でおすましの写真の素晴らしのに加え、そのお人形を一つ一つじっくりと見てみたいものだと思いました。
3人官女の両脇にある洋風人形もこれまたとてもその時代を思わせて、感動物です。(シャーリーテンプル人形みたい)
このお雛様達はその後満州から一緒に引き上げて来られたわけでしょうか、気になりました。
Commented by aamui at 2006-03-05 06:49
riekoちゃん おはよう! 探してみてね 考えて見たことないけど 私もお雛様のほうがいいなあ 1年も逢えないなんて・・・・でもきら星がいっぱいでフラッとするかもね(^^♪
Commented by aamui at 2006-03-05 06:51
henroninさん 来年は出してあげてね 
Commented by aamui at 2006-03-05 06:57
dorothyさん かしいでるね 字もこの頃かしぐのです 縦線がひきにくいので つい横書きに・・・味と思って下さればラッキー!自分丸出しで行くしかないのです 開き直り(^_-)-☆
Commented by aamui at 2006-03-05 07:30
フロリダの風さん お久しぶり! 戦争は我家でも又殆どのものを奪いました 父は戦後隠れることなく”明治の男”でしたので 進駐してきたソ連の将校の宿舎になった我家から 毎日一緒に炭鉱に出かけ 技術指導をしていたそうです この時期は面白い話がいっぱいあり 腕白ぞろいの兄たちから 引き上げてから色々聞きました 戦後の混乱の中で 父はソ連軍に殺されたのではないかとのことでそれっきりになりました 母が6人の子供を連れて リュック1つで帰国しました 長男は予科練で内地にいたそうです 残留孤児の方たちを見るたびに 母はそうでもしなければ 子供が助からなかったのよ 私たち女の子も 中国の人からくれくれ!と言われたと言っていました 唯一の形見は軽いからと母が持ち帰った 赤い漆のお皿(過酷な状態をびくともせず 今も綺麗です 日本のものの質の高さ!) 戦争で一生を暮らす人々がまだたくさんいることに 気の毒に思わずにはいられません きいてくださりありがとう(^。^)
Commented by ぴろ at 2006-03-05 17:55 x
お雛様・・我が家には今は縁が有りませんが、懐かしい写真何時見ても良いですね、思い出が逆流して来そうです、昔の雛壇は大きくて精巧な物が多かったです、  満鉄何て固有名詞が出てきてショックでした、色々の思い出が浮かびました・・・・
今は、ますます忙しく成つて大変な毎日です、事務所の方へ可愛い雛ケーキを差し入れてきました、本当は自分も欲しかったのに・・・15個ではね、足らなかった残念・・
Commented by aamui at 2006-03-05 18:03
ぴろさん 御雛様のケーキ皆さん喜ばれたことでしょう 私はバナナケーキ作りました 後2週間かせに気をつけてね  ねこまんまも帰ってくるね(^^♪
Commented by KAO☆ at 2006-03-05 21:16 x
まぁ、aamuiさんのご両親と私の両親どこかですれ違っているかも。
父が満鉄に勤めていました。昭和20年兄が生まれた年、命からがら戻ってきました。ブログでなつかしい言葉を耳にした日。耳の日、3月3日お雛様ですねぇ。
Commented by aamui at 2006-03-05 22:07
KAOさん 満鉄は大きな国策会社でしたから きっとそういう方もいらっしゃるでしょうし もう戦後ではないと言っても色々と経験したことは語り継がなくてはいけないのではないかと この頃思いはじめました
Commented by kanmyougama at 2006-03-06 09:47
おはようございます。はじめまして。
aamuiさんのブログ見せていただきました。「引き揚げのこと」が目に留まりました。20年の台湾引き上げですので気になりました。
ゆっくり見せいていただきます。
ぼくのほうもリンクはらせていただきます。
訪ねてきますので、ぼくのほうにもどうぞ・・・・。
Commented by 4seasons-kurumi at 2006-03-06 15:05
土曜日・・・・我が家のポストに見覚えのあるおひな様の葉書が届いていました・・・。感激です!ありがとうございます!今、リビングに飾っております^^。自分で出すことは多いですが なかなか絵の入った手紙をいただくことが少ない私・・・。とても温かい気持ちになりました。また・・誰かに手紙を書きたくなったりして^^
Commented by aamui at 2006-03-06 22:41
kanmyougamaさん こんばんは 南の方にいらしたのですね 私は21年にコロウ島と言うところから 引き上げたらしいです 船底生活も 兄たちにとっては珍しくいことばかりで 面白かったらしいですが 母は大変だったと思います いくつで引き上げなさったのですか? 私は殆ど覚えていません 去年北京でさんざしの串が露店に在り 懐かしく食べました 赤い実の連なりが印象深かったのだと思います
Commented by aamui at 2006-03-06 22:44
kurumiさん 先に着くといいなと思ったのですが・・・・恐れ入ります
Commented by Mik234 at 2006-03-07 12:35 x
時々拝見しています。いつ見ても心が安らぎます。”おさなき面”、"ゆっくりして頂こうかしら”・・・。気持ち、雰囲気?が暖かいですね。
Commented by hi-vison_1103 at 2006-03-07 20:41
すてきーーーーーっ(^0^)!
いいお写真見せていただきましたっ♪byクロエ
Commented by aamui at 2006-03-07 23:02
MIKさん ありがとうございます 暖かい顔になれるでしょうか?
Commented by aamui at 2006-03-07 23:06
クロエさん 着物とかお雛様とか 代々受け継がれているものが残っているのは 得難いことですね 最近のお座敷雛の公開は嬉しいことです
Commented by ミドリ at 2006-03-08 20:53 x
私も満州旅順市生まれ 懐かしい写真ありがとうございます
今は亡き姉と写した写真思い出しました、しかもお雛様の前でね
そっくりといいたいのですがこんなにかわいくはなかったようです?
Commented by aamui at 2006-03-08 21:07
え~~~~びっくり!でもきっとこういうこともあるのではないかと思って書いたのです ではやっぱり満鉄でしたの?あんなに広い満州で・・・ミドリ産さっき書き込みしてきたのよ ああ 驚いた(゜o゜)
Commented by kazahana297 at 2006-03-10 13:02
こんにちわ 戦時中父はソ満国境におりました 
満州と聴くと ここはお国を何百里 離れて遠き満州の・・・って思い出す私です 戦後生まれですけど
上段のワンピースのお人形が可愛いですね
Commented by すみれ at 2006-03-10 22:36 x
muiさん こんばんは!
私の両親 姉たちは 少しの間 撫順にいたようです、満鉄でした。
私は新しい社宅・大栗子で生まれました。
撫順の社宅で一緒だった方が「大栗子のすずらん(小学生が見た満州引揚げ記)」を残されているので 昨日からそれを再度引っ張り出して読んでいます、世間は狭いなぁと思いつつ。
セピア色の写真いいですねぇ…父から耳にした満州でのいい時代を垣間みるようです、
 
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by aamui | 2006-03-03 08:14 | 友へ | Trackback | Comments(34)

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